鞭打苦行のThrasher

翻訳者/ライター/最底辺労働者、待兼音二郎のブログであります

WIRED Vol.6に翻訳記事が掲載されました

 日本版『WIRED』Vol.6はゲーム特集号です。「The Age of Global Gaming/ゲームの世界標準」という特集タイトルのもと、デジタルゲームの現状をめぐる多彩な記事がならんでいます。
 クラウド、ソーシャル、フリーミアムといったあたりがキーワードでしょうか。かつてはハードでもソフトでも日本勢が圧倒的に強かったゲームの世界も、いまやがらりと変わりました。つくづく感じるのは、ニンテンドーWiiソニーPlayStationマイクロソフトXboxといったコンソール(家庭用据え置きゲーム機)を中心にすべてがまわっていた時代はとうに終わったということです。スマホで空き時間に手軽にできるゲームと、デスクトップパソコンの処理能力を生かした超絶リアルな大作、という別々の方向にこれからのゲーム界は向かうのではないかという気がします。スマホがほぼ行き渡った時代に、手軽さではそちらに及ばす、処理能力ではパソコンの進化に取りのこされるコンソール機は、ほんとうに中途半端な存在になってしまったと思います。

 特集記事も、タッチスクリーンで指を使って鳥を飛ばすシンプルさと面白さで大ブレークしたAngry Birdsや、ゲームおたくのスウェーデン人が起ち上げてゲーム業界に波乱をもたらしたインディーメーカーMinecraftについてなど、エッジーな話題が並んでいます。韓国ではプロゲーマーによる対戦をオーディエンスが見守るe-Sportsというものがあるらしく、その記事も興味深かったです。ちなみに自分は、Unreal 4というゲームエンジンについての翻訳記事を担当しました。

 モバイル革命に乗り遅れたインテルが携帯端末向けプロセッサーの開発で巻き返しを図っているという記事も興味深かったです。
 かつてのデジタル産業界ではMicrosoftIntelが世界に君臨していましたが、スマートフォンタブレットの急速な普及でいまや斜陽の旧帝国といった様相を呈しています。しかし現在絶好調のAppleも、ジョブズの復帰とiPhoneの発売を経て上り調子になる前は、Windowsに押されて不振にあえいでいました。このように、デジタル産業の勢力図は10年もしないスパンでがらりと代わるものですし、今の勢力図が5年後にはどう変わるのだろうと考えると、諸行無常と盛者必衰のことわりを感じずにはいられません。

 巻頭にはUS版『WIRED』編集長クリス・アンダーソンによる「21世紀の産業革命が始まる」という記事もあり、これも興味深かったです。
 工場での生産がほぼロボットでできるようになれば人件費の問題も小さくなり、ものづくりの現場が先進国に戻ってくる――といったあたりも面白かったですが、なにより注目させられたのは、クラウドファンディングという新潮流がもつ力の大きさです。銀行に頭を下げずにベンチャーを起ち上げられることがどれだけ大きいか……。

 ここで思い出されるのが、ゼロスポーツという電気自動車のベンチャー企業が資金繰りの行き詰まりから倒産するという2011年の出来事です。
 ゼロスポーツは日本郵便から集配用電気自動車1030台の大口受注を獲得したものの、その後の契約解除と違約金の通知をへてメインバンクが口座を凍結したことで、倒産を余儀なくされました。
 日本にクラウドファンディングが定着していれば、ゼロスポーツは倒産しなくても済んだかもしれないと思うからです。
 ゼロスポーツの倒産については、このあたりが参考になります。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/5726
http://response.jp/article/2011/03/02/152568.html

「日本経済をコンサルするのはキミだ!」という、気鋭のコンサル集団フィールドマネジメントによる参加呼びかけの記事にこんなことが書かれていました。
 学生の就職希望先ランキングで、日本では銀行、商社、保険会社がトップ3、いっぽうアメリカではフェイスブック、グーグル、アップルの3社がトップ3だというのです。
 いかにいまの日本が滑り台社会であるかを象徴するデータですね。そうした会社の正社員という地位にしがみつけばまた海面に浮いていられるが、誤って手を離せばどんどん沈んでもう浮かんでは来られないという。

 失敗を恐れていては挑戦などできないし、たとえ失敗してもがむしゃらに働いて再挑戦すればいいだけのことです。
 しかし、ゼロスポーツのように銀行に見放されたら終わり……というのがいまの日本のベンチャー事情ですし、正社員の地位を捨てて起業して一度失敗すれば、低賃金労働で糊口をしのぐしかありません。

 やる気のある連中が大胆な挑戦とぶざまな失敗をくり返し、ものすごい顔で再挑戦してくるやつを応援するしくみと気風が社会にある、という風に変わっていかないと、もう日本はだめだと思いますね。
 クラウドファンディングはそれを実現する手段のひとつであるわけで、大いに注目したいものです。

WIRED VOL.6 GQ JAPAN.2012年12月号増刊

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