鞭打苦行のThrasher

翻訳者/ライター/最底辺労働者、待兼音二郎のブログであります

R&R Vol.107開始のリプレイ「月の熾天使〜マーズ・サイクラーの帰還」に超絶傑作の予感が!

 Role&Roll誌には毎号朱鷺田祐介氏による『エクリプス・フェイズ』(以下、EP)のサポート記事が掲載されています。
 前号までは、著名SF作品に着想を得たショートミッションが11回にわたって掲載されていましたが、今号からは新たなリプレイが掲載されています。
 それは、Vol.88〜90に掲載されたリプレイ「金星の人狼」の続編。あのリプレイで活躍した3名+1名が、X-リスク(人類絶滅の危機)を招くテロ計画に立ち向かいます。

 今回のリプレイの舞台は月。“大破壊”によって地球が壊滅したEPの世界では、月=ラグランジュ同盟(LLA)の首都エラトーを擁する人類の重要地点です。“大破壊”は今から10年前に、生物学的にも電子的にも感染するエクスサージェント・ウィルスの大流行をきっかけとして起きたものです。感染者が怪物化して非感染者を襲い、殺すか感染させるかして、勢力を拡大し続けたのです。そして月も、ウィルスの被害から無縁ではいられませんでした。
 ニュー・ムンバイという月面ドーム都市でアウトブレイクが発生し、市民と避難民の70%にまで感染が拡大したのです。そのときLLA政府が下したのは、冷酷非情な決断でした。熱核爆弾を用いることで、ニュー・ムンバイを丸ごと灰にしたのです。

 今回のPCの1人であるルクサーヌは、ニュー・ムンバイの生き残りです。たまたま首都エラトーに来ていて死を免れた彼女は、記憶改竄措置を受け、多重人格化インプラントによってスーフィー教の導師(イマーム)を自分の中に同居させることで、トラウマを封じ、つらい日々をどうにかやり過ごしてきました。
 そして今、LLAの首都エラトーでもエクスサージェント・ウィルスを用いたテロ活動が計画中との情報がもたらされたのです。「金星の人狼」で活躍したPC3名に彼女を加えた4名が、テロ計画の阻止に動き出します。

 今号掲載分はリプレイ初回のため、設定紹介やPCの成長などの準備に多くの紙幅を割いているため、ストーリーとしてはオープニング程度であまり進んでいませんが、それでも、いかにもEPらしいエピソードがいくつも織り込まれています。
 まずは、前回の冒険で行方不明になったPCの1人がバックアップから蘇生するという設定。魂(エゴ)が今回乗り換えた義体(モーフ)が女性のものであるため、精神傾向も女性的に調整され、前回は男性だったそのPCが今回は女性として参加しています。
 もう1つは、PCの1人が冒頭シーンで殺害し、大脳皮質記録装置(スタック)まで破壊した相手(そうすると魂まで破壊されるため、完全に死亡する)が、バックアップから復活するという設定。

 次のVol.108に掲載されるリプレイ第2回の準備もすでに進んでいるのですが、ここでストーリーが大きく動きます。メッシュの常時接続の恩恵によって、PC各人が別々の場所にいながらでもパーティとしての連携が可能という、中世風ファンタジー世界のTRPGではとうてい不可能なことができてしまうところなど、EPならでは特徴も含めて、TRPGをプレイする面白さが行間からありありと立ちのぼってくる内容です。

 今回のリプレイで特に秀逸だと思ったのは、ニュー・ムンバイ事件の設定です。人類という大を生かすために月面ドーム都市という小を犠牲にすることが許されるのか、という為政者に突きつけられた倫理的ジレンマと、その事件で家族を失ったPCルクサーヌの心の痛み。TRPGは少人数の冒険を扱うゲームなので、視点の広がりも限定されがちなのですが、本作はルクサーヌの過去の設定をからめることで、大きなスケールの物語を描きだすことに成功していると思います。
 それでいて、記述は非常にリーダブル。これが朱鷺田さんの才能なのでしょうね。今後の展開に、大いに期待しております。

Role&Roll Vol.107

Role&Roll Vol.107