鞭打苦行のThrasher

翻訳者/ライター/最底辺労働者、待兼音二郎のブログであります

WIRED Vol.8の特集は「これからの音楽」です

 6月10日発売の『ワイアード』をようやく読了しました。
 特集は「これからの音楽」と題されて、世界のトッププロデューサーたちへのインタビューや、音楽エコシステムを大きく変えつつあるSpotify、Pandoraなどの先進サービスの紹介が綴られています。

 CDが石器のようにも感じられる今、「音楽はデータ。物ではない」と言われて疑う人はいないわけですが、ほんの20年時計を巻き戻せば、CDがありレコードがあり、音楽が物であることを疑う人などほとんどいなかったはず。
 そのCDの売上が3分の1になった。そんな時代にどう生き残るか――という困難な状況に他のエンターテインメント産業よりいち早く叩き込まれた音楽業界の苦闘からは、学ぶべき事が多くあります。

 SpotifyとPandoraについては自分も調べたことがあるのですが、それぞれのすごさが見開き2ページの(どこかライナーノーツを思わせる体裁の)コンパクトな記事にぎゅっと濃縮されていて、ビジネス記事の書き方としてもとても参考になると思いました。

 Spotify記事で驚かされたのは、母国スウェーデンなどこのサービスが普及した国では、レコード産業の売上がむしろ伸びているということです。
 ユーザーの4人に1人が有料会員になってくれ、毎月CD一枚分ほどの会費を払ってくれることで、平均してユーザー数×4枚(広告収入も含めて)のCDが売れたのと同等の売上があり、その一部がレコード会社とミュージシャンにも支払われるからだというのです。
 2000万曲という膨大な楽曲が手軽に高音質で聴ける便利さが、(手間のかかる)違法ダウンロードの駆逐につながるという提言も含めて、とても読み応えがあり参考になりました。

 いっぽうPandoraは、100人を超えるミュージシャンを雇って一曲一曲の“DNA”を解析し、よく似た楽曲を並べる独自のレコメンドシステムが有名ですが、それが音楽ビジネスでロングテールを実現することにつながったというのです。
 Amazonのレコメンドなら、同じアーティストやジャンルで売れている作品がオススメされるだけですが、Pandoraの場合には前述のしくみで無名のアーティストの曲でも同列に紹介されるので、結果としてPandora radioではインディーズの曲が全体の70%を占めるまでになっているというのです。

 とはいえSpotifyやPandoraのようなストリーミング媒体は音楽業態全体の底上げにはつながっても個々のアーティストの収入増にはなかなかつながらないわけで、そこに難しさがあると思います。

 定額ストリーミング→ダウンロード課金→CD→レコード/ラジオ放送と時の流れをさかのぼっていけば、演奏者と聴衆が同じ場所に居合わせるしかなかった生演奏の時代に行き着くわけですが、現代の音楽アーティストが苦境の果てに見いだした回答が音楽の原初的形態であるその生演奏=ライブというのも興味深いところです。
 もっともそのライブにしても、ホログラム技術が発達すれば、バンド全盛期収録のフィルムコンサートのほうが年老いた今の生コンサートよりもいいなんてことにもなりかねず、予断を許さないわけですが。

 いっぽう「農業が変わる」という記事も興味深かったです。
 インターネットと物流の発達で、生産者の顔の見える農産物を消費者に選んでもらい、スピーディに届けることができるようになりました。
 価格では外国産に太刀打ちできませんが、日曜日だけはぜいたくして良質な素材で手作りしたいという需要はあるはず。
 そこで、生産者の魅力を前面に押し立ててファンを集め、生産者の人気を原動力に農作物を売る、という手法も成立するかなと思いました。

 音楽も小説も、もちろん作品の良さが第一ですが、購入動機の大きな部分を、そのアーティストのファンだからという部分が占めるのは確かだと思います。