鞭打苦行のThrasher

翻訳者/ライター/最底辺労働者、待兼音二郎のブログであります

雑誌「IMA」に翻訳記事が掲載されました

 写真雑誌「IMA」のVol.0がリリースされました。
 これは、アマナグループから2012年8月に創刊される季刊誌の創刊準備号になります。創刊準備号とはいいながら200ページ近い誌面に発色のよい写真と濃厚なテキストがいっぱいに詰まった内容で、手に伝わるずっしりとした重量感以上の読み応えがあります。
 このVol.0は写真集特集となっており、リカルド・カセス、ピーター・ヒューゴ、フィル・ボルヘス、ウィリアム・エグスルトン、川内倫子ら各氏の写真集から選び取られた写真群と、各界著名人によるエッセイがセットになったものが中心になっています。
 執筆者には作家・辺見庸脳科学者・茂木健一郎、翻訳家・青山南らのそうそうたる面々が名を連ねています。世界的な現代写真キュレーターである『現代写真論』の著者シャーロット・コットンもそのひとり。彼女の連載「続・現代写真論」(英題:Photography Now)の翻訳を担当させていただきました。

 本誌を読み通して感じたのは、ページをめくるごとにただよう高級感と、紙ならでは手触りのよさです。
 高級感は、何より写真の素晴らしさによるものです。見開きの2ページいっぱいに極彩色に羽根を塗られた鳩が群れなすもの(スペインでのお祭り的な鳩レースだとか)や、アフリカのガーナでデジタル機器廃棄物を燃やして金属を回収する若者の息づかいをとらえたもの、そして骨のように色合いに乏しい木々の幹に一羽だけとまった青い蝶を写したものなど、どの写真にもはっと目のさめるような色彩や、シャッターのとらえたたぐいまれな一瞬が凝縮されていて、読むうちに別世界に誘われる心地がします。
 文章の質の良さや、空白を生かしたレイアウトの工夫も、高級感を高めていますね。
 紙ならではの手触りも、高級感につながっています。感心したのは、記事ごとに紙質が使い分けられていることです。つやつやした紙や、適度にざらついた紙がバランスよく配されていて、背景色の選択とも相まって誌面に変化を与えています。

 写真雑誌といっても、製品としてのカメラが中心のものや、フォトジャーナリズム系のものなどいろいろありますが、本誌は雑誌というより、むしろ鑑賞対象としての写真を軸とした文化を語るビジュアル・ムックといった感じでしょうか。「別冊・太陽」みたいな。

 紙の本か、電子書籍かという議論をするなら、自分は間違えなく電子書籍派なのですが、本誌を読み通して、その立ち位置が揺らぎました。いや、必ずしも電子がすべてじゃないな、と。

 とはいえ、基本的には本は電子がよいと思います。特に、ほとんどがテキストのみである小説についてはこれからの時代、わざわざ紙にする意味はないと思います。単なるPDF流し込みの電子書籍に対しては文句もありますが、それはまた別の議論になるので、ここでは触れません。
 ただし、写真(やイラスト)をふんだんにあしらった雑誌(やムック)については、電子ではなく紙であることの意義も大きいのではないかと思ったことでした。

 雑誌の場合、紙と電子の最大の違いは読み方の違いです。
 たとえば自分は、日経ビジネスオンライン、ダイヤモンド・オンライン、JBpressといったサイトを仕事柄よく見るのですが、そうしたオンライン雑誌で、一号まるまるを読み通したためしがありません。トップページに並んだリストから目にとまった記事を拾い読みするのがいつもの事で、そもそもサイトのつくりがそうなっています。
 いっぽう紙の雑誌は、いくつもの記事が詰め合わされた、物理的に明確なパッケージになっています。ひらいたページが全体のどのあたりに相当するのかが一目瞭然ですし、読む順序はまちまちであるにしても、全体を読み通そうという意欲も自然と生じます。
 それが、読みモノとしての性質の違いにつながるのではないかと思うのです。

 小説の場合はどのみち最初から最後まで読むのが前提なので、紙と電子の本質的な違いはありませんが、雑誌の場合は拾い読み前提の電子版と、パッケージとしてまとまった紙版とでは、読み方も、情報源としての役割も違ってくるのではないでしょうか?

 ここで浮かんだのは、シャッフル再生が前提のMP3音楽と、通しで聞くことが前提だったかつてのLPレコードとの違いです。
 例えが古いですが、ピンク・フロイドの『ザ・ウォール』。あのようなコンセプト・アルバムは、通しで聞くことが前提の構成になっており、次々に扉がひらかれていくような曲の並びに面白さがあります。
 紙の雑誌にも、それと同じ良さがあるのではないかと。

 また、紙ならではのレイアウトのよさもあります。写真やイラストがふんだんに使われる雑誌で、見開きの2ページを利用できるのが最大の利点です。
 そこでまた浮かんだのは、自分がかつて愛読していたオートバイ・ツーリング雑誌の「OUTRIDER*1」です。この雑誌は旅情/詩情あふれる写真とテキストが渾然一体となったレイアウトが特徴的で、上品さと高級感がありました。特に自分が好きだったのは「摺本工作のMOTORCYCLE SCENE」という連載で、見開き2ページに摺本さんの手書きイラストと文章がバランスよく配されたものなのですが、これを1ページに縮めてしまってはあの味わいは出せないな、と今改めて思います。
 会社員時代、終バスで帰ってきて就寝前のひとときに「OUTRIDER」のページを繰るのが何よりの楽しみでした。

 そして今、電車の待ち時間といった日常のスキマ時間にスマートフォンですぐ読める電子テキストの便利さにどっぷり浸かっている自分ですが、それでもたまには、夜、枕元で「OUTRIDER」を読み返すことがあります。そして、こればかりは紙で読みたいと思うのです。
 雑誌「IMA」をやはり夜に枕元で読みながら、「OUTRIDER」に通じるものを感じたのでした。

 さて余談が長くなりましたが、雑誌「IMA」にはIMA ONLINEというウェブ版もあって、そちらでは全国の展覧会情報が検索できたりと、ウェブの特性をうまく生かしたつくりになっています。
 紙版は手に取って高級感を味わいつつじっくり読むモノ、そしてウェブ版は便利でほしい情報がすぐ引き出せるモノ――と、両者の特性を巧みに使い分けているのだな、と感じた次第です。
 IMA ONLINEはこちらです。

 さてそのIMA Vol.0ですが、この号は非売品であり、書店で購入することはできません(ひょっとして店頭に置いてあるお店もあったりするのかもしれませんが)。
 しかしIMA ONLINE MAIL会員(無料)に登録すると、抽選で1,000名の方に当たるそうです。5月31日までとのことです。この雑誌をじっさいに手に取って読めるチャンスですので、興味のある方は登録されてはいかがでしょうか。

 ちなみに、脚注で言及した『廃墟本』シリーズの画像も貼り付けておきますね。

廃墟本4 ~THE RUINS BOOK4~

廃墟本4 ~THE RUINS BOOK4~

*1:かつてミリオン出版から出ていた雑誌は2002年に休刊になったのですが、検索してみると、なんとバイクブロスからの発行となって今でも続いているのですね。デジタル版も購入できるとのことで、ぜひ読んでみたいです。ちなみに、ミリオン出版から出ている『廃墟本』というシリーズも、「OUTRIDER」のDNAを感じさせる写真のすばらしいつくりで、こちらも夜枕元で読むと最高です。