鞭打苦行のThrasher

翻訳者/ライター/最底辺労働者、待兼音二郎のブログであります

Catcher in the Sewer(下水道探索者たち)【その5】

その5です。一行の冒険は続きます。



 女の案内で一行は広間をぬけ、地下通路を早足にたどった。ハイドリヒはまだ疲れがぬけず、クラウスとイェーケンに左右から抱えられるようにしてついてきた。
 廊下をぬけると、円形の空間にでた。曲面をなす壁面にはアーチ型にくりぬかれた開口部が一定間隔でならんでおり、ここが車輪の軸にあたる放射の中心であることがわかる。
「ここは言うなれば井戸の底。蟻の巣の縦穴のようなものさ。縦穴からいろんな部屋が枝分かれしてるってわけ」
 見あげればそこは吹き抜けになっており、天井は暗闇に沈んでみえなかった。壁には螺旋階段が刻みつけられ、円筒状の空間をめぐりつつ上方へどこまでものびている。水蒸気のただよう吹き抜けで各階ごとに点々と灯された火が、九層地獄の諸層をしめすものであるように思われた。
 見通しのよい階段広場で一行は小休止をすることにし、床に輪になって腰をおろした。
「あたしはマルタ。傭兵崩れの盗賊さ」一座の視線を浴びた女が、問われる前に切りだした。「〈蒸気船〉亭の地下に金銀財宝で飾られた部屋があるってんで仲間たちと忍びこんだのはいいけれど、そのあげくがさっきのザマさ」
 マルタと名乗った女は、水筒の水をひとくちあおると言葉をつづけた。
「地上の沼をこっそり小舟でわたって来たのはいいが、ここの地下は罠だらけだ。仲間がひとりずつ倒れていき、最後に残ったあたしは捕まって、気づいたらあの柱に縛られていたんだ」
 女は細い眉根をよせ、おぞましい記憶をふりはらうように頭(かぶり)をふった。
「地下でも上層階はとくに警戒が厳しいですから」クラウスが言った。「あの洞窟からでなきゃとうてい忍びこむのは無理です。もっとも、あっしも罠にかかりやしたが……」
「その金銀財宝の部屋というのは、死霊術師のアジトのことなのか?」
 イェーケンが猛禽のような目を上向けて訊ねた。
「死霊術師? 聞いたこともないね。あたしらはただ、派手な祭壇のある金銀財宝で飾られた部屋があるって話を人づてに聞いて、ひと儲けしようと潜りこんだだけさ」
「祭壇か。ことによると、ここはなにかの地下教団の拠点なのかもしれないね。死霊術師というのは、その教団の一員なのでは」
 フーゴーは上司の言葉を聞いて、なるほど、と心のなかで納得した。
「この女のいう金銀財宝の部屋というのが、あっしらの目指す場所と考えて間違いねえでしょうね」
 クラウスが女の顔をちらりと見た。
「なら、話は決まりだね。共通の目的のためにここは手を結ぶと」
 女はまばたきもせずにひと息に言った。
 モールの上級司祭ハイドリヒが立ち上がった。
「ならば行こう。わたしはもう大丈夫だ。小瓶入りの水薬を飲んで、気力も体力も回復した。クラウス、道はわかるのか?」
「へえ、階段場に出られましたので、どうにかなると思います。ここは第九層。目指す部屋は第六層にありやす」
 一行はふたたび武器を手に、歩きはじめた。
 クラウスが角灯をかかげて螺旋階段をのぼり、その後にハイドリヒとイェーケンがつづく。少し間を空けてマルタが四番手の位置につけ、フーゴーは最後尾を歩いていった。
 探索者たちは足を忍ばせていたが、それでも靴音が円筒状の壁面に反響し、フーゴーは気が気ではなかった。階段で挟み撃ちにされたら逃げ場がないし、そこに火球でも投じられればたちまち全滅だ。
 大事をとって洞窟に引き返すべきではなかったかと思う。たしかに、ここまで来れば目的地の方が近いのかもしれない。しかし、洞窟までもどれば頼もしい戦士たちがいるのだ。どのみちもどる途中でやられるのだろうか。それならば本拠地に踏みこんで首領を倒し、敵勢を壊乱させる方がまだ望みのあるやり方なのだろうか。
 それにしても、よく生き延びられたものだ。自分はほんとうに幸運に恵まれているのかもしれない。そしてこのマルタという女性。長靴の足取りもきびきびとして頼もしく思える。彼女もよくぞ生き延びたものだ。盗賊だといったから、ラナルドに祝福された聖なる女ででもあるのかもしれない。
 髪留めでまとめた栗色の髪が埃や泥をかぶってドブネズミの毛のようになっている。しかしマルタの腰はくびれて女らしい曲線を描きだし、歩みにつれて革鎧の裾がひらひらと揺れていた。
「あたしの尻に宝の地図でも書いてあるってのかい?」
 マルタが足をとめてふり返り、またあの目でフーゴーを釘付けにした。いつの間に引き抜いたのか、その手には長靴に挿してあった短剣が握られていた。
 苦々しいものがこみ上げてきて、フーゴーは冷徹な現実に頬をひくつかせた。この女は傭兵くずれの盗賊だといった。どんな悪事に手を染めたのかわからない。鼻の下を伸ばしていては、たちまち喉をかき切られるだろう。
 どうにか何事もなく螺旋階段を昇りきり、一行は第六層の通路に踏みこんだ。クラウスが分岐ごとに行き先を確かめながら奥へとすすむ。とちゅう、綿菓子のように濃密な蜘蛛の巣に通路がふさがれている箇所があり、火をつけて焼き払ったところ、毒蜘蛛の大群が襲いかかってきた。先頭のクラウスが身体中にまとわりつかれ、床を転げまわった。全員で一匹ずつ引き剥がし、クラウスを救い出した。ネズミ捕りは何箇所も刺されていたが、幼い頃から下水道に潜っているために耐性ができているのか、すぐに元気を取りもどした。
 隊列を入れ替えてフーゴーが二番手を進んでいたとき、罠の針金に足を引っかけたのか、壁から毒矢が飛んできたことがあった。とっさにマルタが後ろからフーゴーに飛びかかり、ふたりとも床に突っ伏したことで難を逃れられた。フーゴーは戸惑いながらもマルタの息づかいを首筋に感じた。
 襤褸服を着て目のまわりを黒く塗り、棍棒をにぎった信者どもがふらふらと廊下を歩いてくることもたびたびあった。そのたびに一行は剣をふるい、魔法の矢を投じて敵を撃退した。思い返せば、マルタはつねにフーゴーのそばにいて、彼の背中を護るように戦ってくれていた。彼女は生き女神なのかもしれなかった。
 二人ならんで歩くフーゴーとマルタに、クラウスがときおりあの眇(すがめ)をむけてきて鼻の頭に皺をよせた。その顔がこう言っているようだった――どうせいつだって、若くて才気の溢れるたやつが女をものにしやがるんだ、と。
 とにもかくにも、目的の部屋はもうすぐだった。粗雑ででこぼこしていた壁の石組みや床のタイルがつややかに磨かれたものへと一変し、やがて片側の壁に壁画がならぶようになった。そこには歴史上重要な会戦が描かれていた。エンパイアの始祖シグマーが炎につつまれた戦鎚(ウォーハンマー)をふりかぶり、見あげるようなオーク族長に叩きつけようにしている場面や、?憤烈帝?ヒュントロットが昼なお暗いドラクヴァルトり林間の空き地でグレート・ドラゴンを斃し、ぐたりとのびたその頭部を踏みつけている場面、スターランドの平原を埋めつくした屍者の大軍勢が寄せるさざ波のごとくに西へと行進する光景、そして、黒死病によりエンパイアに大量死をもたらしたとされる鼠人間の軍勢と、それを討伐する?鼠殺し?マンドレッド帝、さらにはその後日談の、くね曲がった刃を握った鼠人間の暗殺者がマンドレッド帝を殺害する場面が、一大絵巻のように描きだされていた。
 そして一行は大扉へとたどり着いた。扉は鉄枠で補強されており、いっかなことではひらきそうにない。
「あたしにまかせて」
 マルタがあの目で探索者たちをひとりずつ見据えた。

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