鞭打苦行のThrasher

翻訳者/ライター/最底辺労働者、待兼音二郎のブログであります

Catcher in the Sewer(下水道探索者たち)【その2】

その2です。モール教の聖別司祭と紫水晶の学府の上級魔術師が帝国陸軍と海軍みたいな会話をしとります。しかしまあ、【魔力点】でみると司祭はやっぱり不利ですね。入信者0→司祭1→聖別司祭2→司祭長3なのに対して、魔術師系は見習い魔術師1→中堅魔術師2→上級魔術師3→主席魔術師4と、常に周回遅れですからね。う〜ん、しかしこのあたりは自分は実プレイの経験が少ないので理解が浅い気がします。

魔術の書:レルム・オヴ・ソーサリー (ウォーハンマーRPGサプリメント)

魔術の書:レルム・オヴ・ソーサリー (ウォーハンマーRPGサプリメント)

魔術師系PCを強化するならこのサプリです。しかし、データ主体なのは呪文リストの6章と魔法アイテム類の7章、ルーン魔術の8章くらいで、それ以外が延々フレーバーというのがウォーハンマーらしいです。八大魔法学府の学府ごとの長々しい説明など、よくぞこんなのを思いつくものだと感心してしまいます。

救済の書:トゥーム・オヴ・サルヴェイション (ウォーハンマーRPG サプリメント) (ウォーハンマーRPGサプリメント)

救済の書:トゥーム・オヴ・サルヴェイション (ウォーハンマーRPG サプリメント) (ウォーハンマーRPGサプリメント)

司祭系の強化ならこちらです。しかし、『魔術の書』に輪をかけてフレーバーばかりでして、ゲームの本なのか西洋中世のパラレルワールド解説本なのか判らなくなってきます。そこがステキです。



 ***

 下水道の壁面でゆれていた探索者たちの影が、開口部をぬけたとたんにさっと消えた。
 長いトンネルをぬけた先は地下洞窟だった。角灯の明かりがとどかぬほどに天井が高く、ひんやりした空気につつまれている。隊列の先頭をゆくネズミ捕りのクラウスが角灯を掲げ、ゆくての闇に目を凝らした。
「ここからは舟で行くしかありませんぜ」
 洞窟はいちめんの池で、鏡のような水面が広がっていた。小柄なネズミ捕りの視線の先に、一艘の小舟があった。石の床面に河岸のような段が刻まれ、船着き場まで降りていけるようになっていた。
「クラウス、それは避けたい。隊が分断されることになるし、船上で敵に襲われたらひとたまりもないからな」
 モール教聖別司祭アマデーウス・ハイドリヒが後ろから不満げな声を上げた。黒一色の長衣が闇に溶けこみ、四角張った顔だけが宙に浮かんでいるかのようだ。そこに角灯の灯が隈取りのような影を投げかけ、いかにも死の神モールの聖職者にふさわしい形相にみせていた。
「わたしは賛成だね。少なくとも下水道の悪臭から解放されるのはありがたい」紫水晶の上級魔術師(アメジスト・ウィザード)ルートヴィヒ・イェーケンが口をはさんだ。「いや、あんたが反対する理由もわかるよ。水域は海洋の神マナンの領域だからな。守護神モールの保護が及ばぬ場所であんたがひどい失態を晒したとしたら、そりゃたいそうな見物だからね」
 アマデーウス・ハイドリヒは答える代わりに鋭い目を相手にむけた。司祭と魔術師が足をとめて睨み合うさまを、誰もが無言で見守っていた。ネズミ捕りのクラウスだけはそれを無視して石段を下り、小舟のもやい綱を解いた。
「ここしか道はねえんです」ネズミ捕りのクラウスが、洞窟入り口に固まった面々をふり向いて言った。「前に来たときはこんな池はなかったんですが、死霊術師の一味がライク河から水を引き込んだのかもしれやせんね」
 司祭と魔術師はやむなく石段を下り、船べりをまたいだ。彼らの後から部下一名ずつが乗りこむともう小舟は満員だった。ネズミ捕りクラウスが船頭の棹で岸を突き、小舟を池にすすませた。
 クラウスが持ってきた角灯が舳先の柱に吊してあり、その灯火を頼りに小舟は闇のなかを進んでいった。船上の五人はしばらく黙りこくっていたが、やがて紫水晶の魔術師イェーケンの部下でフーゴーという若者がぽつりと言った。
「劇作家ヤコポ・タラダッシュの四大悲劇のどれかに、たしかこんな場面がありましたね。先天性の混沌変異で顔の半面が爛れた化け物のような男が、歌姫を小舟にのせて地下のねぐらまで運ぶという」
「『スカラ座の怪人』だね」イェーケンが答えた。「歌劇場の地下に池が広がっているだなんて、架空の物語であるにしても眉唾だと思ったものだが、こうして目の当たりにしてみると、あれも実話だったかもしれないと思えてくるから不思議なものだよ」
 モール司祭ハイドリヒは苦虫を噛み潰したような顔でそれを聞いていた。これから敵地へ乗りこむというのに、なんという脳天気さだろう。聖別司祭である自分より、上級魔術師である彼の方が呪文使いとして一段上手であることは否定できないが、何かにつけて自信過剰なイェーケンのふるまいが鼻について仕方がなかった。もともと、魔術師という輩とは肌が合わないのだ。モール教団単独で解決できる問題であれば、紫水晶の学府に助力を頼むこともなかったものを。
 ぺらぺらと喋りつづける魔術師イェーケンの横顔を、ハイドリヒは憎々しげに見つめた。顎のとがった細面の顔に、魔女のような鉤鼻。そして死神のような大鎌を肩にもたせかけている。こいつめ、下水道ではその鉤鼻をしきりにひくつかせ、この臭さにはもう耐えられぬと弱音ばかり吐いておったものを、洞窟にでたとたんに元気になりおって。
 カルロブルク全市の汚穢を集めて流れる下水道の悪臭たるや、そうはもうたいそうなものだった。慣れない者がうっかり地上にいるつもりで息を吸い込もうものなら、たちまち顔が引き攣って、ぜんそくの発作のように四つん這いになって吐き気と戦うはめになる。しかしモール司祭ハイドリヒは、仕事柄悪臭に耐える訓練はつんでいた。モール教団はエンパイア全域において死者の埋葬を請け負っている。入信者にまず課されるのは、遺体保管所の腐敗臭に耐える訓練である。彼も長年の精進の甲斐あって、悪臭紛々たるなかで清浄な空気だけを選んで吸い込むすべを会得していた。
 それにしても広い洞窟だ。どこまで続いているのだろう。ハイドリヒは額に手をかざして舟の進行方向に目を狭め、角灯の火を直接見つめてしまい、目を昏ませた。
「歩きならなんでもない距離なんですが、舟だとなかなか着きやせんね」
 彼の懸念を見透かしたかのようにクラウスが言った。この小舟には櫓がついていない。司祭と魔術師の部下たちが左右にならんで一本ずつオールを漕ぎ、小男のネズミ捕りが舳先に立って棹を操っていた。そしてハイドリヒとイェーケンは後ろの席に肩をならべて、お互いを避けるようにして座っていた。
 インクのように黒い水面を分けて、小舟はゆっくりと進んでいく。灯火ひとつが闇をただようさまが、まるで蛍のようだった。
 ハイドリヒは船べりに両手をかけて、灯火のとどくかぎりの水面を見回し、危険の兆候を探ろうとした。ただよう水蒸気が霊魂にもみえてきて、背筋が震えることもたびたびあった。もとより彼はモール司祭、アンデッド撃退用の呪文にも心得はあるが、不可視の霊体を肉眼で察知する呪文にかんしては、隣にいる紫水晶の魔術師の力を借りねばならない。こちらからいちいち頼まずとも、率先して魔法をかけてくれればよいものを、まったく、気の利かない男だ。それとも、呪文を出し惜しみする理由が別にあるのだろうか……。
 モール教団と紫水晶の学府がこうして呉越同舟をすることになったのは、ここカルロブルクでおきた事件がきっかけだった。
 街道で馬車強盗をくり返していた一団がついに巡視隊に捕縛され、見せしめのために街の防壁の外にある古木に吊された。アルトドルフからやってきた旅人たちは、大門をくぐる前に否応なくおぞましい枝飾りを見るはめになった。ところが三日目の朝、見回りの者がきてみると、枝枝をしならせていた吊るし首の死骸がきれいさっぱりなくなっていたのだ。
 死体などをわざわざ掠っていくのは死霊術師の仕業と相場が決まっている。蘇生術をほどこして、ゾンビやスケルトンといった死屍の兵卒に仕立てあげるのだ。死霊術師と言ってもさまざまで、正規の学府魔術師が暗黒の魔法体系の誘惑に負けることもあれば、似非魔術師あがりの魔女が黒魔術を究める例もある。あるいは、吸血鬼をはじめとする上級アンデッドがみずから下級兵団を指揮することもある。いずれにしても、カルロブルグ市民にとって重大な脅威であることに変わりはない。墓地を管理するモール教団としても見過ごしにできない重大事であり、ただちに下手人捜しにとりかかった。
 調査の結果浮かび上がったのが、郊外の沼に浮かぶあの〈蒸気船〉亭だった。旅行者が行方不明になることがたまにあり、目撃証言をつなぎ合わせるとその多くの足取りが〈蒸気船〉亭で途絶えているのだ。となると、あの旅亭に死霊術師のアジトがある可能性が高い。
 シグマー教の聖堂騎士団、いわゆる魔狩人たちと手を組んで強制捜査をかけ、渾沌の奉仕者らを一網打尽にしようとハイドリヒは画策したが、ある日、司祭長の執務室に呼ばれ、この件を表沙汰にすることは控えるように命じられた。〈蒸気船〉亭はカルロブルクの名所であり、全館強制捜査などすれば街の評判にも悪い影響がでるというのだ。彼はやむなく水面下で動くこととし、死の魔法体系を究めるという点でモール教団と共通点の多い紫水晶の学府に協力を依頼することにしたのだ。いかんせん魔法の強力さにおいて、司祭は魔術師に一歩劣る。モール教団独力では戦力として不安があったのだ。
 エンパイアの八大魔法学府はすべてアルトドルフに本拠を置いている。ここカルロブルクには裏通りに小規模な支部会館があるばかりで、学府に入学したものの魔導師にはなれずに帰ってきたいわゆる?終身見習い?の老人たちが常駐し、修行の旅のとちゅうで街に滞在する中堅魔術師たちを依頼に応じて斡旋していた。会館を訪れたハイドリヒは、中堅魔術師では助っ人として決定打に欠けると立ち去ったが、翌日、支部代表だという人物がやってきて、軍属の魔術師を派遣しようと申し出てきた。ミドンランド領邦軍は多数の軍属魔術師を雇い入れているが、軍内にアンデッド戦を専門とする特殊部隊があり、紫水晶の魔術師たちを抱えているというのだ。
 支部代表いわく、死の魔法体系を奉ずる自分たちはよく死霊術師と間違えられ、迷惑している。その疑いを晴らし、民を迷信から解放するためにも、下手人の死霊術師を捕縛し、紫水晶の魔術師の手で公開処刑にしたい、とのこと。
 さらに翌日、大鎌をかつぎ、十名の部下を引き連れてやって来たのが、正規上級魔術師ルートヴィヒ・イェーケンだった。エリート意識に凝り固まった尊大な男で、ハイドリヒがさしだした手を穢いもののように握り、鉤鼻の頭に皺をよせた。その瞬間にハイドリヒは思い知った。この共同作戦はやっかいなものになるだろうと。

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