鞭打苦行のThrasher

翻訳者/ライター/最底辺労働者、待兼音二郎のブログであります

「ゲームの本質は、インタラクティブな要素があって満足感が得られるもの」 → なるほど

4Gamer.netに「ドルアーガの塔」の遠藤雅伸氏のインタビューが載っていて、興味深く読みました。
http://www.4gamer.net/games/029/G002948/20090430012/

あるとき「ゲームの本質とは何ですか?」と聞かれた遠藤氏は「インタラクティブな要素があって満足感が得られるもの」と答えた、とのこと。なるほどそうだな、と思いました。

小説や映画などの受け身のメディアとゲームの最大の違いは、自分が参加できることですから。本を読まない少年だった自分はウォーゲームに出会ったとき、「これだ、これを待っていたんだ」とのめり込みました。

ゲームブックも、形は限りなく本に近い、というか本そのものですが、中身は完全にゲームですね。戦闘で体力点がけずられて、「やばい、次に戦ったら絶対に死ぬ」状態で救済アイテムを手にして完全体力に復帰できたときの安堵感は、とうてい小説では味わえません。

ゲームのインタラクティブ性を小説に取り込んだものとして、ケータイ小説があげられるかもしれません。読者の反響によって作者が筋を変える、とよく聞くので。ただ、連載中なら読者がそうした「参加感」を味わえるにしても、できあがったものを後から読むのなら普通の小説と変わらないですね。

その点、遠藤雅伸氏もインタビューで述べておられましたが、ニコニコ動画なんかはすごいですね。「友達のアパートに集まって飲みながらビデオを観る」みたいな文化は昔からありましたが、コメントが立派に作品の一部になっている時点で、さらに一歩進んだものですね。

テキスト媒体は基本的に1人で無言で読むものですからね。ゲームブックは偉大な発明だったんだなあ、と改めて思いました。

以上、とりとめもないですが……。